2012/11/03
21:40:56
吉野山 金峯山寺で国宝「仁王門」を修理するための勧進として金剛蔵王権現三像が特別開帳されています。

堂内には記帳台が設けられ、間近に蔵王権現像を拝観出来ます。
拝観料は1,000円で宝物展・襖絵展の割引券とミニ木札、本堂へ上がるときに戴く靴袋がセット。

阿吽 の仁王様。
吉野山は桜の紅葉が見頃です。
今月中~下旬頃からは、麓の吉野山ケーブル駅等のモミジも見ごろを迎えます。
関連記事 奈良の紅葉巡り 七曲坂の紅葉 如意輪寺の黄葉
金峯山寺(HP)
特別拝観料1,000円 8:30~16:30 12月9日迄
奈良県吉野郡吉野町吉野山(地図) P無 吉野山観光駐車場無料
TEL:0746-32-8371



堂内には記帳台が設けられ、間近に蔵王権現像を拝観出来ます。
拝観料は1,000円で宝物展・襖絵展の割引券とミニ木札、本堂へ上がるときに戴く靴袋がセット。

阿吽 の仁王様。




吉野山は桜の紅葉が見頃です。


今月中~下旬頃からは、麓の吉野山ケーブル駅等のモミジも見ごろを迎えます。
関連記事 奈良の紅葉巡り 七曲坂の紅葉 如意輪寺の黄葉
金峯山寺(HP)
特別拝観料1,000円 8:30~16:30 12月9日迄
奈良県吉野郡吉野町吉野山(地図) P無 吉野山観光駐車場無料
TEL:0746-32-8371
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2011/03/10
23:50:00
2010/11/03
21:00:00
吉野山 金峯山寺境内には導きの稲荷、吉富稲荷、久富稲荷と3社のお稲荷さんがあります。お稲荷さんといえば京都の伏見稲荷を総本社とする食・農・商売等の開運の神様です。
この中の1社「導之稲荷」には南北朝の頃の言伝えがあります。
北畠 顕家・新田 義貞・楠木 正成等が擁立する南朝・大覚寺統の後醍醐天皇と足利尊氏の擁立する北朝・持明院統の光明天皇の二人の天皇が存在した南北朝と呼ばれる時代がありました。
1333年(延元元年)の12月、後醍醐天皇が京都から吉野山へと逃れる際、道に迷い、とある稲荷の前で「むば玉の暗き闇路に迷うなり我に貸さなむ三つのともし灯」と歌を詠んだところ、突然紅い雲が現れて吉野への道を照らして天皇一行を導き、その雲は、金の御岳(吉野山)の上空で消え失せたと伝わります。
この古事に因んで金峯山寺の境内の一隅には『後醍醐天皇導きの稲荷』のお社が建っています。
残る2社、吉富稲荷・久富稲荷に由来は記されていませんが、歌に詠まれた「三つのともし灯を表しているのでしょうか
金峯山寺とは中千本と呼ばれる谷を挟んだ所にある如意輪寺境内には、「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望まん」と歌にも詠み京へ帰ることを切望しながら叶わなかった後醍醐天皇の陵墓があります。
金峯山寺では金剛蔵王権現が12月9日迄、特別開帳されます。
吉野山観光協会(HP)
金峯山寺(HP)
奈良県吉野郡吉野町吉野山(地図) P無
TEL:0746-32-8371 特別拝観料1000円 8:30~16:00
2010/07/21
21:00:00
高取町の土佐町の由来は、大和朝廷が都造りをする際に、四国土佐から徴用した人々が、帰郷する際には援助を受けられず、この地に住んだ事に始まります。
この土佐町のメインストリート、土佐街道れんじの道の両脇に石畳が敷き詰められていますが、これは、阪神大震災の復旧工事の際に出土した阪神国道の路面電車の石畳を利用したものです。
高取町は、配置薬を行商する薬商人の町として知られています。
下記は高取町観光協会HPより引用
飛鳥時代の西暦612年推古天皇が聖徳太子や伴を率いて、高取の羽田の山野にて薬狩りを行ったと伝えられています。
江戸時代に入り高取城植村藩主が、江戸参勤の際、他の藩主に薬を贈り全国の販路拡大に貢献いたしました。そして江戸中期頃から奉行の許可を得て置き薬として各地を行商して歩くようになり、この置き薬が、現代の配置販売の始まりです。
石畳の所々に、薬草のプレートがはめ込まれています。
街道沿いにある観光案内所 夢創館。古い呉服屋さんの建物を改装した観光案内と休憩スポット。
夢創館内では休憩が出来て、お茶の無料サービスもして戴けます。
敷地の裏には薬の資料館があり高取の薬に関する展示も行われています。
写真左は、手作りの豆腐屋さん「とさ屋」。お土産に豆腐を買いましたが大豆の香りがして美味しかったですよ。
街道の途中、畑に設けられた俳句の募集箱と牛の案山子。
「親子牛 モーと鳴きそう でも案山子」の句
高取城の下御門を移築した医院の門
武家屋敷の長屋門。門奥の壁に覗格子が設けられています。
元 家老屋敷で現在は藩主の末裔、植村家の長屋門。門には奉公人が住んでいた事から長屋門と呼ばれます。県の重要文化財に指定
このお屋敷から続く道は、高取城跡まで徒歩で1時間と少しのハイキングコースとしてハイカーに親しまれています。
関連記事:高取町土佐街道その1 町屋カフェ noco noco
高取町観光ボランティアガイドの会(HP)
高取町観光協会(HP)
高取町観光協会 夢創舘
奈良県高市郡高取町上土佐20-2
TEL/FAX 0744-52-1150
開館時間:9時30分~16時30分
月曜休館 祭日の場合は翌日
この土佐町のメインストリート、土佐街道れんじの道の両脇に石畳が敷き詰められていますが、これは、阪神大震災の復旧工事の際に出土した阪神国道の路面電車の石畳を利用したものです。

高取町は、配置薬を行商する薬商人の町として知られています。
下記は高取町観光協会HPより引用
飛鳥時代の西暦612年推古天皇が聖徳太子や伴を率いて、高取の羽田の山野にて薬狩りを行ったと伝えられています。
江戸時代に入り高取城植村藩主が、江戸参勤の際、他の藩主に薬を贈り全国の販路拡大に貢献いたしました。そして江戸中期頃から奉行の許可を得て置き薬として各地を行商して歩くようになり、この置き薬が、現代の配置販売の始まりです。

石畳の所々に、薬草のプレートがはめ込まれています。




街道沿いにある観光案内所 夢創館。古い呉服屋さんの建物を改装した観光案内と休憩スポット。

夢創館内では休憩が出来て、お茶の無料サービスもして戴けます。
敷地の裏には薬の資料館があり高取の薬に関する展示も行われています。


写真左は、手作りの豆腐屋さん「とさ屋」。お土産に豆腐を買いましたが大豆の香りがして美味しかったですよ。



街道の途中、畑に設けられた俳句の募集箱と牛の案山子。
「親子牛 モーと鳴きそう でも案山子」の句




高取城の下御門を移築した医院の門


武家屋敷の長屋門。門奥の壁に覗格子が設けられています。


元 家老屋敷で現在は藩主の末裔、植村家の長屋門。門には奉公人が住んでいた事から長屋門と呼ばれます。県の重要文化財に指定

このお屋敷から続く道は、高取城跡まで徒歩で1時間と少しのハイキングコースとしてハイカーに親しまれています。
関連記事:高取町土佐街道その1 町屋カフェ noco noco
高取町観光ボランティアガイドの会(HP)
高取町観光協会(HP)
高取町観光協会 夢創舘
奈良県高市郡高取町上土佐20-2
TEL/FAX 0744-52-1150
開館時間:9時30分~16時30分
月曜休館 祭日の場合は翌日
2010/06/18
21:00:00
金峯山寺の総門だった黒門から金峯山寺までぶらぶらと散策。
この日は、参道を行く人も少なく静かでした。
以前の散策記事:雨の吉野山も良いものです



この日は、参道を行く人も少なく静かでした。






以前の散策記事:雨の吉野山も良いものです
撮影場所:奈良県吉野郡吉野町吉野山(地図)
金峯山寺(HP)
吉野山観光協会(HP)